石川慎吾, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=2535735 / CC BY SA 3.0

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#東大阪大学柏原高等学校出身の人物
#北海道日本ハムファイターズ及びその前身球団の選手
#読売ジャイアンツ及び東京巨人軍の選手
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石川 慎吾(いしかわ しんご、1993年4月27日 – )は、大阪府堺市中区出身のプロ野球選手(外野手)。
右投右打。
読売ジャイアンツ所属。
愛称は「ダイナマイト・シンゴ」。
堺市立東陶器小学校1年時からソフトボールを始め、3年時から軟式野球の野田ホークスに所属。
中学時代はジュニアホークスボーイズに所属。
中学時代は通算で2本しか本塁打を打っていなかったが、東大阪大柏原高に入り、自分なりのタイミングの取り方を掴むと本塁打を量産する。
主将となり挑んだ3年時の夏は、大阪府予選決勝の大阪桐蔭高戦で一時は最大5点差をつけられるも、最後は押し出し死球でサヨナラ勝ちを収め、同校初の甲子園出場を果たした。
第93回全国高等学校野球選手権大会では、2回戦の如水館高に延長10回の末4-7で敗れた。
2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから3位指名を受けた。
同年11月17日、契約金4,000万円、年俸550万円(金額は推定)で契約。
日本ハム時代 (2013年7月18日、こまちスタジアムにて) 2012年は二軍で打率.254をマーク、二塁打はチーム最多の14本放った。
2013年7月18日のフレッシュオールスターで8番・右翼手で先発出場、3打数2安打2打点をあげて、優秀選手賞を獲得した。
負傷離脱した中田翔に代わって、8月22日 にプロ初昇格を果たした。
二軍ではイースタン・リーグ2位の14本塁打を打った。
2014年4月17日に一軍昇格を果たし、同日の対オリックス・バファローズ6回戦(ほっともっとフィールド神戸)で井川慶から中前打で出塁し、初得点も記録した。
5月20日の対中日ドラゴンズ1回戦(札幌ドーム)では、石井裕也の代打で出場し、ネルソン・パヤノから決勝弾となる2点本塁打を打った。
2015年は43試合に出場し、打率.207、2本塁打、11打点を記録した。
2016年は12試合に出場し、打率.074、0本塁打、1打点と大きく成績を落とした。
2016年シーズンオフの11月2日、大田泰示・公文克彦との交換トレードで吉川光夫と共に読売ジャイアンツへ移籍。
11月4日、吉川と共に入団記者会見を行った。
背番号は日本ハム時代と同じ49。
2017年、開幕一軍入りを果たす。
当初は代打中心の起用だったが、4月14日に移籍後初安打を打つと、その後は長野久義が不振に陥ったことによって先発出場する機会が増えた。
4月28日の東京ヤクルトスワローズ戦(神宮)では、石川雅規から2年ぶりの本塁打、またプロ初の猛打賞も記録し、ヒーローインタビューを受けた。
6月25日の中日戦では田島慎二からプロ初のサヨナラ安打を打った。
シーズン全体でも99試合出場、57安打、5本塁打、20打点と移籍1年目でほとんどの部門でキャリアハイを記録した。
オフに、1,500万円増の推定年俸2,500万円で契約を更改した。
2018年は春のキャンプから二軍暮らしが続き、一軍昇格はオールスター明けと出遅れた。
最終的に一軍では17試合出場、打率.192・本塁打0・打点0と結果を残せなかったが、イースタンリーグでは、打率.336・12本塁打・52打点・出塁率.412を記録。
規定打席未到達も野球規則9.22(a)により首位打者と最高出塁率の二冠を獲得。
原辰徳監督から秋季キャンプの野手キャプテンに指名された。
オフに、400万円減の推定年俸2,100万円で契約を更改。
2019年シーズンから背番号を36に変更。
2019年は開幕一軍入りを果たすも、4月4日に登録抹消。
10日後の4月14日に再昇格すると、4月20日の阪神戦ではスタメン出場し、2年ぶりに本塁打を打った。
8月24日のDeNA戦では延長11回に代打として出場し、エドウィン・エスコバーからプロ初となるサヨナラ2点本塁打を打ち、チームにマジック20を点灯させた。
8月30日の阪神戦では途中出場ながら2年ぶりにプロ2度目の猛打賞を記録する。
シーズンでは18安打ながら4本塁打、10打点を記録し、4本塁打中3本が阪神戦で、対戦打率も.474を記録し、虎キラーぶりを発揮した。
また、対左投手では打率.293を記録したが、対右投手では打率.083と課題を残した。
オフに、300万円増の推定年俸2,400…

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