ドラマ『わたしの宝物』(フジ系)は、夫以外の男性との間にできた子どもを、夫の子と偽り、産み育てる「托卵」を題材に描く。神崎美羽(松本若菜)と夫の宏樹(田中圭)は仲の良い夫婦だったが、結婚から5年が過ぎ、美羽は宏樹のモラハラに悩まされている。だが、幼なじみの冬月稜(深澤辰哉)と再会したことで、美羽の人生は大きく動くことになる。最終話目前の9話、美羽、宏樹、冬月がそれぞれの選択に向けて一歩を踏み出す。「余計なことをした」責任の取り方
宏樹と対面した冬月。水木莉紗(さとうほなみ)も感情に任せて美羽にぶつけていたように、第三者から見れば美羽と冬月の関係は「薄汚い不倫」だ。しかし、心が追い詰められた美羽を「どうしても救いたかった」という冬月の心境は違うだろう。ましてや、彼は美羽の娘・栞の父は宏樹だと思い、自分が関係しているとは想像すらしていなかったようだ。
自分こそが、栞の父なのかもしれない。宏樹の反応を見て初めて、その可能性に思い至った冬月は、小森真琴(恒松祐里)の元を訪ね「夏野の子どものことを聞きたいんです」と頼む。
しかし、真琴はすでに、自分がどれだけ“余計なこと”をして、美羽たちに迷惑をかけているか自覚していたようだ。「何を誤解してるかわかりませんが、私は何も知りません」と冬月に告げたあと、「美羽さんのこと、本当に守りたいと思ってるんだったら、このまま関わらないであげてください」と重ねた。
美羽に会いに行った莉紗に限らず、「俺が何かすればしようとするほど、彼女が苦しくなるだけなんだ」と自戒する冬月だって、“余計なこと”を繰り返して事態を悪くしている当人なのかもしれない。
冬月は、美羽と会ったことを打ち明けた莉紗に「俺の大切なものに入ってくるのはやめてくれ」と通告する。この言葉は暗に、冬月にとっての大切なものの範囲に、莉紗自身は含まれていないことを示していたように思う。宏樹の会社からの融資も断られ、冬月は、会社を畳むことにしたと莉紗に話す。ともに夢を共有し、形にしようと並走してきた冬月と莉紗だが、会社という場がなくなれば、繋がりも絶たれてしまう。
余計なことを繰り返してきた人間たちが、最終的にできるのは、ただ事態を見守りつつ“何もしないでいる”ことだけなのかもしれない。
元は、美羽が犯した罪と、誤った選択が招いたことで、宏樹との夫婦関係を捉え直すまでに発展した。大人たちが織りなすゴタゴタを、ただ一人ジッと見つめているのは、一人娘の栞だ。
宏樹の大切な思い出の置き場所
宏樹のなかに生まれた孤独、今後の人生を通して抱えていく喪失感は、おそらく想像の域を超えている。子どもを求めていなかったはずの自分に、“血の繋がった”娘が生まれた。子どもを手に抱いた瞬間に、止めようもなく身体の底から溢(あふ)れ出てきた嗚咽(おえつ)と涙の記憶は新しい。
宏樹は、栞という名前をつけ、自ら率先して世話をし、仕事最優先だった価値観を根底から塗り変えた。常に栞と、妻である美羽のことを考えるようになった宏樹は、目の輝きすらもガラリと変わってしまった。まさに娘が生まれてくれたおかげで、人生に対する向き合い方そのものが変化したように見えた。
しかし、虚構だったのかもしれない。少なくとも、宏樹にとってはそうだった。すべてが嘘で、偽り。自分の子どもだと信じていた栞は他人の子で、蚊帳の外にいるのは、ほかの誰でもない自分自身。何をどう考えても第三者でしかありえない宏樹は、直面した状況ごとなかったことにしたい、そんな逃避衝動から、栞を抱えて海に入ろうとしたのだろう。
それなのに冬月は、自分こそが栞の父であることさえ知らない。それは、彼の責任というよりも、冬月を“かばって”本人に真実を知らせようとしない美羽の思惑があるからだった。
そもそも”栞”という名前だって、美羽と冬月の代替できない唯一の思い出に由縁するものだ。名付けたのは宏樹だが、血の繋がりと同じように、その思い出にも関与できていない。宏樹が冬月に対し「勝手に終わらせるな! あの子は、栞はどうするんだ?」と感情をぶつけたくなるのも、仕方がないと思える。
宏樹と美羽は、離婚に向けて、海辺の公園であらためて二人で話をした。会話をしながら、宏樹はさまざまなことを考えていたのだろう。喫茶店のマスター・浅岡忠行(北村一輝)に漏らしていたように「大切なものって、どうしたらいいんでしょうね?」と、その思い出の置き場所を探っていたのかもしれない。
スマホから一枚ずつ、美羽や栞とともに撮った写真を消していく宏樹の指は、震えていても迷いはなかったように見えた。
揺れることのない美羽の心
莉紗から「薄汚いただの不倫でしょ?」「みっともない、お子さんがかわいそう」と罵倒された美羽だが、これまでとは一転、人が変わったように強い言葉で言い返した。「よっぽど好きなんですね、冬月さんのこと。嫉妬ですか?」「つまらない嫉妬に私を巻き込まないで!」という語気の強さは、そのまま「冬月さんと、どうかお幸せに」と願う、彼女の思いの強固さに結実していく。
宏樹とともに生きていくことも、冬月と出会い直すこともしない。きっと早い段階から、美羽の心は決まっていたのだ。宏樹とは離れなきゃいけない。しかし、冬月と一緒になることもしない。
美羽にとっての、たった一つの大切な宝物は、栞である。「私は栞とは離れない」「栞が私に力をくれる」と確かめるように言葉にする美羽は、あれもこれも、と欲張りになりすぎていた自分を省みながら、ようやく宝物を選び取ったのだ。
美羽は多くの人を傷つけた。間違ったことをして、過ちと向き合い続けた。そのうえで「だけど後悔はしない。このことがなかったら、栞に会えなかったから」と言っている。宏樹のことも冬月のことも、彼女は切り捨てたわけではない。自分がしたことの罪悪感から目を背け、彼らの存在ごと遠ざけたわけでもない。
彼女の本音と願いは、たった一つの宝物である栞とともに、二人で生きていくことなのではないか。物語の終盤、宏樹は美羽と冬月があらためて、二人で会って話ができるように場を設けた。二人はお互いの胸中を、本音を言葉にし合うことになるだろう。しかし、おそらく、美羽の心が揺れることはない。