東京都墨田区のJR両国駅に、「幻のホーム」があることをご存知だろうか?通常は1・2番線ホームのみに電車が発着しているが、この高架構造のホームから見下ろす感じで、3番ホームが存在している。かつてこのホームから千葉の房総方面まで新聞輸送列車が発車していたが、2010年に廃止されたため、定期運行の電車はこのホームから姿を消した。これが“幻のホーム”と呼ばれる所以だ。
【写真】会場の一部には、日本人ならば誰もが好きなコタツ席の用意も
2番線ホームから、にぎやかなイベント会場が見下ろせる
このホームで2025年1月30日から2月2日まで「おでんで熱燗ステーション」と銘打たれたイベントが開催され、日本酒好きかつ電車好きという人々が数多く集合した。今年で6回目の開催となったが、毎回チケットが即完売となるほどの盛況ぶり。1・2番線ホームで電車待ちする乗降客の羨望の眼差しを受けながら、おいしいおでんと日本各地の美酒を1時間たっぷり楽しめるとあって、X等のSNSでは、チケットを過去ゲットできなかった人が「今年こそ参加するぞ!」と投稿するほどの熱いイベントとなっている。来場者は一体どんなふうに楽しんでいるのか、イベントの全貌を紹介しよう。
明るく照らされた会場で、おでんと熱燗を楽しむ人々
【写真】会場の一部には、日本人ならば誰もが好きなコタツ席の用意も
■「全国燗酒コンテスト」で受賞した実力派の日本酒が集結
普段は閉鎖されている両国駅3番ホーム入口には、レッドカーペットが敷かれ特別感が漂う設えに。奥へ進むと受付があり、温められた袋入りおでんとカニカマ、試飲用コップなどがセットされたトレーと、日本酒を10杯試飲できるチケットを受け取る。
西口改札を入り、階段を上がると目の前に3番線ホームの入口がある
スターターキットには、試飲券10枚、おでん一人前、かにかま、試飲用カップがセット
1時間という制限時間があるため、入場するとすぐに酒蔵のスタッフの皆さんがスタンバイするブースへ。本イベントでは、「全国燗酒コンテスト2024」で最高金賞や金賞を受賞した日本酒が勢ぞろいするのだから、おのずと期待が高まる。
赤ちょうちんがぶら下がった昭和レトロ感漂うイベント会場
“日本酒は温めてこそおいしい”を標榜するこのコンテストは、2009年にスタートした。燗をすることで、甘やかで柔らかな味わいと香りがグンとアップする日本酒は、世界でも稀な存在だ。その理由は、加熱することでアルコールの角(かど)が取れて飲みやすくなったり、原料の米が持つ本来の甘味が際立ったりするためと言われている。また、寒い冬には熱燗で体が温まり、リラックスさせる効果もあるのだ。
試飲カップとチケットを持っていくと、熱燗を注いでもらえるシステム
■各酒蔵独自のストーリーを聞くのも楽しい!
酒蔵ブースで、熱燗を味わいながら酒造りについて話を聞く楽しみも
なんといっても、日本各地の酒蔵の杜氏たちが精魂込めて作り上げた酒には、独自のストーリーがあり、それを聞くのも興味深い。その一つが、コンテストで最高金賞を受賞した「栄冠 白真弓」〈蒲酒造場(かばしゅぞうじょう)・岐阜県〉。「これは地元の人たちが普段から飲むお酒なんです。飛騨地方の厳しい寒さの中で、すべての工程が手作り。そのため、年によって酒のクオリティが一定ではないのですが、それも手作りの醍醐味です」とスタッフの方が話しながら、酒をついでくれた。なるほど、“普段飲み”ならではの親しみやすい味わいで、つまみのおでんやカニカマの旨味も引き立ててくれる。
各日10蔵の酒蔵が出店
おでんと熱燗という最高の組み合わせに舌鼓!試飲カップは、紙と植物由来生分解性樹脂でできた環境配慮型のリユースカップを採用
また、「宮の雪 山廃仕込 特別純米酒」〈宮粼本店・三重県〉は、「酒母を1カ月じっくりと育てて、乳酸菌からの乳酸を活用したお酒なので、独特の酸味があります」と言うスタッフの言葉どおり、ほんのりとした酸味を感じた。この酒は45〜50度での熱燗が一番おすすめとのことで、ふんわりと匂い立つ香りに癒やされる。
試飲券1枚ではカップ4分目、2枚出すと8分目まで注いでくれる
一方で「うちのお酒は冷やでもおいしいんですよ」と勧められたのは、「人気一 黒人気 純米吟醸」〈人気酒造・福島県〉。すべて和釜で蒸した原料を、手造りの麹で醸し、上槽後はすべて瓶で貯蔵、酸化・劣化を抑え約6カ月熟成させたもの。熱燗で甘やかさと華やかさを堪能したあと、冷やでいただくとキリッと辛口に。まるで“味変”したかのように楽しめるのがいい。ほかにも最高金賞を受賞した「龍力(たつりき) 熟成古酒 玄妙(げんみょう)」〈本田商店・兵庫県〉のトロッと金色の古酒や、「六歌仙(ろっかせん) 純米 にごり酒」〈六歌仙・山形県〉といった市場に出回りにくい珍しい酒も並ぶ。
60分の入れ替え制なので、全部の日本酒を試すためにはペース配分を考えてブースを回る必要も
コタツの中にすっぽり入って、お酒とおでんを堪能していた男子4人組を発見。聞けば全員日本酒と電車が大好きで、このイベントを見つけたという。1・2番線を走行していく電車をバックに、スマホで日本酒を撮影したりと、とても楽しそうだ。コタツと熱燗で、寒風が吹き抜けていくホームでも、体も心もポカポカ。この1時間でほんのりと酔いが回って、とても幸せな気分になった。
鉄道関係に勤める職場仲間で来場したそう
総武線以外に、時間によっては特急が通ることも!
■葛飾北斎の浮世絵が鑑賞できる両国周辺を、ぶらり街歩き
ちなみに、「冨嶽三十六景」で今外国人に大人気の葛飾北斎は、墨田区の生まれ。ここ両国界隈にも北斎が描いた浮世絵をあちこちで見ることができる。今回のイベントでは、彼が描いたスポットを求めて、すみだ観光ガイドさんによる街歩きが付いたプランも開催された。
両国駅周辺に点在する、葛飾北斎のゆかりの地をたどるツアー
本庄宗資の大名庭園として元禄年間に造られた潮入回遊式庭園の「旧安田庭園」。園内の「駒止石」(※墨田川の大洪水の被害状況を検分する際、馬を繋ぎ止めた石と伝わる)は北斎が描き、現在も庭園内でこの石を見ることができる。庭園からは東京スカイツリー(R)がよく見え、新しいものと古いものが混在するスポットといえそうだ。
16_安田財閥の創始者である安田善次郎が1894年(明治27年)に作庭した旧安田庭園
実際に北斎が描いた駒止石の浮世絵と共に、ガイドさんが案内してくれた
建物と建物の間から東京スカイツリー(R)を望むこともできる
また墨田区亀沢二丁目には、「冨嶽三十六景」の一つ「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」をデザインしたものをマンホールに採用。このマンホールの前には「すみだ北斎美術館」があり、北斎が愛したすみだの風景が描かれた浮世絵が数多く所蔵されている。
「神奈川沖浪裏」のほかにも、墨田区には計3カ所にデザインマンホールが設置されている
アルミパネルを使用した建物外壁に下町の風景が映り込み、地域に溶け込むようなデザインになっている
美術館の前の歩道には、北斎の「冨嶽三十六景 凱風快晴(がいふうかいせい)」を原画にしたモザイク作品も
「おでんで熱燗ステーション」は完全前売り制で、参加費は3500円、街歩きツアー付きプランは4000円。運営スタッフによると、 “両国駅3番線ホームで、日本酒+おでん+コタツを楽しむ”という唯一無二の体験だけあって、年々人気が上昇しているそうだが、来年も開催予定なので、ぜひチケットをゲットしてみてはいかがだろうか。
取材・文=東野りか
撮影=水島彩恵
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