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大切な誰かにそっとプレゼントしたくなる本。それがカツセマサヒコさんの『傷と雨傘』。本誌の連載に書き下ろしを加えた、優しさにくるまれたショートストーリー集だ。
きっとあなたの背中を押してくれる、言葉の贈り物。
「普段小説を読まない人が美容室などで『anan』を手に取って、さくっと読んでみたらよかった、というくらいのテンションが好ましいと思いながら連載していました」
毎回、誰かがちょっぴり救われる言葉を入れる、というのが連載時からのテーマだったという。
「小説を出す前、ツイッターでそういう言葉ばかり呟いていた時期がありました。でも小説では強い言葉は邪魔になるというか。書き手がいいこと言おうとしているのが滲み出るのが嫌でした。けれど今回は開き直って、SNSに投稿していた時のように、分かりやすい言葉をぎゅっと詰めこみました」
〈君は過去の言いなりになってはいけない〉〈修復不可能なくらい壊れないと、次の恋には進めない〉〈いつかきっと、誰かが君を肯定してくれる〉――各話の印象的な言葉がそのまま各タイトルになっており、目次を眺めるだけでも沁みてくる。
主人公は入れ替わり、子供から大人までさまざまな悩みや痛みを抱えた人々が登場。誰かの言葉によって、彼らの心がふっと軽くなる瞬間が描かれていく。
「途中から、もっといろんな人を書きたい気持ちが強くなりました。傲慢ですけど、読んだ人に一回は“私がいる”と思ってもらいたくて。本当は1億人分書きたかった(笑)」
本書は前の話の脇役が次の話の主役となる形式。登場人物たちに繋がりがあるからこそ、どんな人にも個々の物語がある、と思わせる。
「みんなそれぞれ地獄を持っている。この人のほうが辛い、あの人のほうが辛いと比べる必要はなく、地獄の温度は“当社比”でしか分からない。そういうみんなに、声をかけてくれる人、見てくれている人がいる。あなたにもいるよ、ということを希望として書きたかった」
どの話も、決して絵空事のような大団円とならないところが絶妙だ。
「救われすぎたら嘘っぽいな、と思っていました。自分も映画などでハッピーエンドへの収束が雑だと“そんなわけないだろ”と思うほう。だから自分が書く時も、地に足のついたエンディングにしたかった。煮え切らないままでも、“ちょっと明日も生きてみるか”くらいの感覚になれるといいな、と思っていました」
なかには深刻な状況も描かれる。
「連載を続けているうちに世の中がどんどん深刻になっていく感覚があったんです。それで書籍化する際に、連載では触れられなかった“死”といったテーマの話も加えました。書き下ろしだと分からないよう、前後の話と登場人物を繋げていくのが、一番大変な作業でした(笑)」
それにしても、実にバリエーション豊かな人生&言葉が並んでいることに感嘆してしまう。
「ラジオやサイン会で、いろんな人から大変だった話を聞かせてもらう機会が多かったんです。自分一人ではここまで幅広い困難と、それを救う言葉は浮かんでこなかったと思う。いろんな方との出会いから生まれた一冊だといえますね」
きっと、あなたにも響く言葉が見つかるはず。
PROFILEカツセマサヒコ
Webライターとして活躍し2020年『明け方の若者たち』で小説家デビュー。著書に『ブルーマリッジ』『わたしたちは、海』など。TOKYO FM『NIGHTDIVER』のパーソナリティも務める。
INFORMATION『傷と雨傘』
うまくいかない恋、日常の空虚感、人生の迷い…。さまざまな事情で心を揺らす人々に、ふと訪れるささやかな奇跡。心に残る言葉が詰まった短編集。マガジンハウス 1760円
写真・土佐麻理子 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世
anan 2434号(2025年2月12日発売)より