世界の音楽業界を代表する業界団体の国際レコード産業連盟 (IFPI)が発表した、2024年の全世界における音楽市場動向をまとめた業界レポート「グローバル・ミュージック・レポート2025」では、生成AIが音楽業界とアーティストに与える影響と可能性について、多くの部分が割かれています。先日、IFPIがロンドンで開催したグローバル・レポート発表会イベントでも、生成AIに関する議論が行われ、メジャーレコード会社の幹部が見解を述べる場面がありました。
【解説】世界の音楽市場 2024年は4.8減少。音楽サブスク利用者が全世界で7億人突破も、成長鈍化に危機感。IFPIが発表
ユニバーサル ミュージック グループの戦略的テクノロジー・グローバルデジタルテクノロジー シニアディレクターを務めるカサンドラ・ストラウス (Casandra Strauss)は、同社における生成AIの導入について言及しました「ユニバーサル ミュージックではすでに業務からマーケティングまで、多岐にわたる領域でAIを積極的に取り入れています。自社でAI関連技術の特許も複数保有しています。私たちの基本的な焦点は、AI技術が信頼に値し、倫理的で、アーティスト中心であることです。アーティスト、作詞作曲家、権利者、クリエイティブなエコシステム全体に利益をもたらすものでなければなりません」
ソニー・ミュージックのグローバル・デジタルビジネス社長のデニス・クーカー (Dennis Kooker)は、音楽と生成AIの将来について聞かれた際、著作権で保護されたコンテンツをライセンス契約無しでAIモデルに学習できるように「例外」を設けるべきと主張する一部のAI企業に対して明確な不満を示しました。クーカーは、ライセンス取得を義務付ける強固な著作権法が、過去10年に渡る音楽業界と原盤収益の成長を支えた重要な要素の一つであると述べました。
「有料サブスクリプションのビジネスは、この前提に基づいて開発されています。プラットフォームと権利者との間には自由市場があり、交渉によって成り立っています。もし、この基本原則が成立しなければ、今日の有料サブスクリプションは存在しないはずです。IFPIが発表した7億5000万人を超えるサブスクリプション利用者も実現しなかったでしょう。Spotify、YouTube Music、Apple Music、Amazon Music、Tencent Music、NetEaseをはじめ、現在の市場で活発な競争を行うその他の多くのサービスも存在し得ないはずです」
クーカーは、現在、AI企業が、世界中の政府に対して、テキストデータマイニング (TDM)の例外規定の導入や、フェアユースの定義拡大といった法律の抜け道や例外を提案している現状に警鐘を鳴らします。アメリカとイギリスの政府にAI企業が提出した文書を引用しつつ、国家安全保障の維持や、AI企業の自由な革新に必要であるといったAI企業の主張に対して、明確に否定的な姿勢を示しました。
「音楽生成ツールが、より良い安全保障をもたらすとは思えません。もしそうであれば、むしろ著作権はより強く保護されるべきです。イノベーションの議論も偏向しています。アメリカにおいて、テキストデータマイニング (TDM)の例外やフェアユースの原則拡大を求める大きな原動力となっています。生成AIモデルの学習にはデータが不可欠です。データがなければ製品は開発出来ません。ビジネス経営上、これらは本来、必要な支出です。ただし、政府を説得して、無料で入手しようとすれば、話は変わってきます。Spotifyは最近、2024年だけで権利者に100億ドル以上を支払ったと発表しました。合法サービスによる音楽ライセンスの規模は、年間で500億ドルを超えると推測されます。例外規定を主張する人々に伝えたいのは、もしこのコストを削減、排除できるとしたら、どうなるでしょうか? 年間500億ドルの支出を全て利益に回せます。更には、この資金を使って、新しい音楽生成サービスを市場に投入し、既存サービスを市場から追い出すマーケティングに使うこともできます。その一方で、アーティストや作詞作曲家には一切の報酬分配を支払わないのです。これは重大な市場の歪みです」
今後、生成AI企業が作る音楽カタログが、既存のストリーミングサービスで配信される人間のクリエイターが制作した音楽カタログと競合するようになるのでしょうか?
クーカーは「Spotifyは、コンテンツ制作に一切のコストを要しないAI音楽製品との競争に直面するでしょう。これは、YouTube Music、Apple Music、Amazon Music、Tencent Music、NetEase、Deezerなど、他のDSPにも当てはまる話です。DSPが音楽を利用する時、権利者に対して対価を支払う必要は無い、という提案自体が馬鹿げています」と述べました。
ストラウスは、ユニバーサル ミュージックとYouTubeの生成AIにおける連携や、EndelやSoundlabsといったスタートアップとの協業、さらにはビートルズやチャド・ローソン、ブレンダ・リーといったアーティストを起用したプロジェクトに言及しました「市場はとてつもなく早い速度で進化しています。私たちは常にAIがアーティストの価値提案を強化し、拡張できるか、注目しています」
YouTube、AI を音楽に活用するための基本的な考え方を発表 (YouTube Japan Blog)
ただし、ストラウスは生成AIと音楽の関係が強まるにつれて生まれる否定的な側面も指摘しました。「多くのAI企業は、著作権で保護された膨大な作品群を許可無く、ライセンス契約無しで取り込み、AIモデルの学習に使用してきたことは、広く知られた事実です。現時点で、多くのAI企業は、アーティストたちの作品を踏み台にして、膨大な利益を築いているのが現状です」
「ポジティブな側面もあります。私たちは、協業的な市場の形成も目にしています。市場の中には、音楽やその他のクリエイティブな作品の価値を理解し、交渉の場を設け、正当なライセンス契約を結びたがっている企業があります。私たちはこうした企業を見つけ、積極的に対話し、双方にとって持続可能なビジネスを共創していきたいです」
もし各国政府が、著作権者側が望むAIモデル学習に対する規制は必要無いと決定した場合、音楽業界の「プランB」は何か、と問われ、クーカーは次のように答えました。
私たちは、攻撃戦略と、防御戦略の両面を考えています。例えば、著作権で保護された作品が不適切、または無許可で使用された時、利用を特定できる技術を用います。これは戦略上、重要な対策です。私たちはまた、多くの時間を企業や起業家との議論に費やしています。ソニー・ミュージックだけで、過去1年半の間に700社以上と会いました。議論の内容は、事業開発から生産性向上のツール開発、著作権侵害の検出ツール、対処方法にまで多岐に及びます
私たちのビジネスモデルの中心は、自社作品のライセンスです。そのため、市場で積極的に行動することが不可欠なのです。新しいビジネスモデルや製品の開発には時間が必要です。しかし、あらゆる領域で「即時対応」が求められています。これは大きな課題の一つです」
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