Text: 新谷洋子
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 ファレル・ウィリアムスが驚きのレゴ®️ミニフィギュアとなって自身の幼少期~現在までを赤裸々に語る自伝アニメーション映画『ファレル・ウィリアムス:ピース・バイ・ピース』が劇場公開を迎えた。音を聴くと色が見えるという“共感覚”の持ち主である彼らしく、カラフルに、そしてハッピーに描かれる本作には、豪華なミュージシャン仲間や彼が手がけた数多のヒット曲が登場。音楽の旅路を語るなかで涙を見せる場面もあり、あまり明かされてこなかったファレルのプライベートの側面をも、深く知ることができる。

 そして、2025年4月5日は彼の52歳の誕生日。映画公開とバースデーを記念して、ファレルの作品のライナーノーツを担当、取材経験もある音楽ライターの新谷洋子氏に、稀代のマルチタレントのキャリアを振り返ってもらった。劇中で流れるヒットナンバーや書き下ろし楽曲「ピース・バイ・ピース」などを収録したオリジナルサウンドトラックを聴きながら、現代の音楽シーンに欠かせない世界的ヒットメーカーの人生を一緒にたどってみよう。

 かれこれ20年以上前にファレル・ウィリアムスにインタビューした際、どんな質問を投げかけても「イエス」か「ノー」としか返答がないことに業を煮やし、理由を訊ねてみた。すると彼は「俺はマジシャンだから種を明かしたくないんだ」と言い放ち、胸にストンと落ちたのを覚えている。もっとも、次に2014年に取材した時にはすっかり饒舌になっていたのだが、ファレル自身がナレーターを務め、多数の関係者の話を交えて構成された現在公開中の伝記映画『ファレル・ウィリアムス:ピース・バイ・ピース』(モーガン・ネヴィル監督)は言うなれば、究極の種明かし。と同時に、実写ではなくレゴ®️アニメーションで人生を振り返るという発想自体がマジックであり、このハードワーキングで無尽蔵の創造意欲を備えた男の独創性を物語っている。

 劇中でも詳細に描かれているそんなファレルのマジックのルーツは、彼が暮らしていた、故郷ヴァージニア州ヴァージニア・ビーチの公営住宅アトランティス・アパートメンツだ。コミュニティ全体に溢れていた多様な音楽を、音を色彩として認識する特殊な感覚で吸収したファレルは中学時代に相棒のチャド・ヒューゴと出会い、バンド活動をスタート。ドラム担当だったことは、究極的にはグルーヴ職人と呼ぶに相応しい彼の起点として納得がいく。そしてテディー・ライリーに才能を認められてヴァージニア・ビーチにあった彼のスタジオに出入りしはじめ、19歳にして曲作りに関わったレックスン・エフェクトの「ランプ・シェイカー」(全米2位)が大ヒットを博すという、プロのミュージシャンとして申し分ない出発を切った。

 それからはチャドと結成したユニット=ザ・ネプチューンズとして、まずは主にヒップホップのトラック制作で脚光を浴び、売れっ子になるのだが、一旦突破口を開くとヒップホップ・プロデューサーの枠内に留まってはいなかった。そう、今振り返っても、多方面に活動域を広げたふたりの2000年代の機動力と音楽的アウトプットのボリュームは尋常ではない。

 例えば2001年に独自のレーベル<Star Trak Entertainment>を設立し、ケリスや同郷のザ・クリプスと契約。引き続きラッパーやR&Bシンガーたちと仕事をする一方、イン・シンクのシングル「ガールフレンド」を手掛けたのを皮切りに、当時盛り上がりを見せていたポップ界に進出し、ブリトニー・スピアーズやジャスティン・ティンバーレイク、ノー・ダウトのグウェン・ステファニー、マドンナ、さらにはザ・ハイヴスをはじめとするロックバンドに至るまで、ジャンルに関係なくコラボレーションを展開していく。独特のたまらなくファンキーでフューチャリスティックなバウンス感を相手のスタイルに溶け込ませ、絶妙な落としどころを見出し、ヒットにつなげ、ティンバランドらと共に、本来裏方のプロデューサーがアーティストと肩を並べるスターと化した、新時代を呼び込むのだ。

Gwen Stefani – Hollaback Girl

Justin Timberlake – Like I Love You

 となると自然な成り行きなのか、元からスター性を備えていたファレルは次に、自らが前面に立って、ふたつの形態でアーティスト活動に挑む。ひとつは、同郷の友人シェイ・ヘイリー及びチャドを交え、バンドとしてロックとヒップホップとファンクの融合を試みたN.E.R.Dだ。そしてもうひとつはソロ。2006年にファースト・アルバム『イン・マイ・マインド』を発表し、早速【第49回グラミー賞】で<最優秀ラップ・アルバム賞>候補に挙がった。

Pharrell – Can I Have It Like That ft. Gwen Stefani

 にもかかわらず、アルバムの制作過程を楽しめなかったというファレルはやがてソロ活動への関心を失ってしまうのだが、予期せぬ展開が待ち受けていたのは2013年春のことだ。あのダフト・パンクがシングル「ゲット・ラッキー」のシンガーに彼を起用し、これに先立って発売されたロビン・シックの「ブラード・ラインズ」(ファレルがプロデュースと共作を担当)共々、世界中のチャートを席巻。今度は美しいファルセット・ボイスを持つ歌い手として注目され、大いにインスパイアされた彼は、女性の内なる美にオマージュを捧げるセカンド・ソロ・アルバム『ガール』を完成させて、映画『怪盗グルーのミニオン危機一髪』の主題歌でもあった先行シングル「ハッピー」も約20か国のチャートの1位に送り込み、ロングヒットを記録した。2013~2014年の2年間はファレル一色だったと言っても過言ではなく、40代に入って、いよいよお茶の間レベルの認知を得ることになる。当時は特段、ソロ成功を欲してはいなかったそうだが、ポップ界に進出した時も然り、タイミングを見極めてチャンスを最大限に活かすのも彼の才覚なのだろう。

Pharrell Williams – Happy

 また2010年代には映画音楽のコンポーザー業にも乗り出して、『怪盗グルー』シリーズや『ドリーム』(2016年)でその手腕を発揮しつつ(『ファレル・ウィリアムス:ピース・バイ・ピース』のサントラにもスコアを含め5つの新曲を録音している)、プロデューサー/ソングライターとしてカントリー・アーティスト(リトル・ビッグ・タウンほか)の作品に関わるなど、なおも新しい挑戦を続け、2014年と2019年に【グラミー賞】の<最優秀プロデューサー賞(ノンクラシック)>に輝いたファレル。共に世界的ヒットを記録したエド・シーランの「シング」(全英1位)にも、カミラ・カベロの「ハバナ feat. ヤング・サグ」(全米1位)にも彼のクレジットがあり、メインストリームの頂点に君臨していた。

 それでもヒップホップ界との絆は揺るがず、長年の付き合いのスヌープ・ドッグからタイラー・ザ・クリエイターのような後輩まで多数のラッパーと共作。中でもブラック・ライヴズ・マター運動のアンセムと化したケンドトリック・ラマーの「オールライト」は、時代精神を読み取ったこの時期のプロデューサーとしての彼の最重要作であり、どれだけ活動域が広がろうとぶれない軸を維持してきたことは特筆すべき点だ。


▲スヌープ・ドッグは映画にも出演

 そんなファレルが描いてきた軌跡は、ファッション界で遂げた進化にも重なる。2003年にNIGO®とローンチしたBILLIONAIRE BOYS CLUBはヒップホップやスケーター・カルチャーに根差していたわけだが、以来多彩なブランドとコラボを重ね、2年前についにルイ・ヴィトンのメンズ・クリエイティブ・ディレクターに就任。究極のラグジュリー・ブランドのコレクションにもストリートの感覚を引き継いでいる。1月に開催した2025-26年秋冬コレクションのショウでは、自らプロデュースした新曲――BTSのJ-HOPEの参加を得たドン・トリヴァーの「LV Bag」とSEVENTEENの「Bad Influence」――をBGMとしてお披露目したことも記憶に新しく、ここにきてK-POPに関心を寄せているのだろうか? 聞けばパリのルイ・ヴィトンのオフィスにもスタジオ設備を整えて、閃いたらすぐに曲作りができる状態にあるそうで、映画で自身の歩みを総括し再評価の声も高まる中、次のマジックに期待がかかる。

Pharrell Williams – Piece By Piece(日本語字幕付き)

『ファレル・ウィリアムス:ピース・バイ・ピース』予告編

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