トランプ次期米大統領が財務長官への起用を決めたスコット・ベッセント氏は、上院で承認された場合、世界最大の国債市場が適切に機能するよう確実を期し、米国の債務返済コストを急上昇させない財政政策を追求するという二つの大きな難題に直面する。
幸運を祈るが、株式・債券投資家がそう考えていると思われるほど、いずれの仕事も簡単ではないだろう。
米国債市場の重要性は過大評価しようがない。世界中の株式・債券価格のベンチマークであり、米国の財政赤字ファイナンスのコストも左右する。深い奥行きと流動性を備え、過度の混乱や変動を伴わず大量の取引を処理できる能力が必要だ。
残念ながら米国債市場は混乱に対し引き続き脆弱(ぜいじゃく)だ。米国の赤字支出に伴い国債の発行残高は大幅に増え、市場の中心である金融機関のバランスシートを圧倒する。金融規制・監督当局は機能不全を防ぐ適切なツールを欠く状況だ。
平時はアルゴリズム取引業者が米国債取引の大部分をマイクロ秒単位で処理し、米国債は過去の取引に近い価格で売り手から買い手に渡る。だが大きなポジションを取って維持するだけの資金はなく、売買が一方的になると手を引くことが多い。
プライマリーディーラー(政府証券公認ディーラー)として知られる米国および外国の銀行に負担がかかることになるが、これらの金融機関もバランスシートを既に他に投入し、「大量の流動性」を十分供給できる能力はない。ショックが生じれば、2014年の「フラッシュクラッシュ」や20年の「ダッシュ・フォー・キャッシュ」といった混乱の引き金になりかねない。
米連邦準備制度が20年に大量の国債を買い入れたように規制・監督当局は多くの場合、損害が生じた後でしか対応できない。米国債などを担保にプライマリーディーラーにオーバーナイト資金を供給する常設レポファシリティーにも、決定的な限界がある。
プライマリーディーラーや大手行だけが利用可能であり、バランスシートを拡大させることもできない。一部の金融機関は脆弱性を示すシグナルになりかねいと利用に消極的だ。
この問題に対処する幾つかの選択肢が財務長官には存在する。連邦準備制度や他の銀行規制・監督当局と協力し、補完的レバレッジ比率(SLR)を調整することも考えられる。連邦準備制度の準備預金と売却可能な米国債を総レバレッジエクスポージャーから除外すれば、プライマリーディーラーは基準を逸脱することなく、ストレス時に米国債保有を増やすことができる。
別の方法としては、現行の常設レポファシリティーを拡充し、米国債の保有者なら誰でも希望すれば流動性の供給を受けられるようにすることも可能だろう。
ベッセント氏は米国債市場に非常に大きな圧力をかけているトレンド、米政府債務の急増という問題にも最初に対処しなければならない。(税や歳出を決定する立場にない) 同氏1人で米財政政策を持続可能な軌道に乗せることはできないが、果たすべき重要な役割がある。
第一に思慮に欠ける財政運営が債務返済コストを押し上げると強調し、(机上でより高い成長ペースを前提としたり、減税で収支が見合うと想定したりするのでなく、現実的に)歳入を増やし支出を抑制する方策を提唱すべきだ。
第二に課税ベースを広げ、確実に納税させる方法を探らなければならない。3番目として、輸入関税の引き上げでどこまで歳入を増やせるか、成長とインフレ、生産性へのマイナスの影響も現実的に考える必要がある。
最後に金融政策に関する連邦準備制度の独立性を支持すべきだ。行政機関が過剰な国債発行の吸収(いわゆる国債のマネタイゼーション)を強要するのではないかと懸念し始めれば、市場はインフレリスクの代償として国債の利回り上昇を要求し、借り入れコスト高騰の結果、米国の財政状況の悪化を招くだろう。
この点に関して言えば、2026年5月の任期満了前にパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の威光を低下させることを意図し、「影のFRB議長」を提唱するようなことはやめるのが賢明だろう。米経済は連邦準備制度の雇用およびインフレ目標に近い状態にあり、影の議長が金融政策の期待に影響を及ぼす効果はなさそうだ。
ベッセント氏の成功を心から願っている。市場の熱烈な反応を見る限り、投資家もそれを期待していることが確かにうかがえる。しかしながら、米国債市場の管理と国の財政軌道、米経済全般で同氏が直面するであろう困難を考えると、市場の楽観的見方との食い違いは甚だしい。
(ニューヨーク連銀の前総裁、ウィリアム・ダドリー氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Good Luck to You, Treasury Secretary Scott Bessent: Bill Dudley(抜粋)
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