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2024.09.19
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ニュージーランドの景気減速は中銀の断続利下げを後押しするか
~NZドルの対米ドル相場は一進一退の展開、対日本円相場は上値の重い展開となる可能性~
西濵 徹
要旨
ここ数年のニュージーランドはインフレや不動産バブルに見舞われ、中銀はこれらに対応すべく525bpもの利上げを実施した。昨年以降のインフレは頭打ちに転じるも、丸3年に亘って中銀目標を上回る推移が続く。物価高と金利高の長期化などを理由に景気の不透明感が高まるなか、インフレ鈍化やNZドル安一服も追い風に中銀は8月の定例会合で利下げに動き、先行きも断続利下げに動くとの見通しを示している。
国内外で景気の不透明要因が山積することを反映して、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.83%とマイナス成長となり、前年比でも▲0.5%と頭打ちが確認されている。公的需要が下支え役となる一方、家計消費や不動産投資、企業部門の設備投資など民間需要は軒並み弱含み、輸出の低迷も確認される。生産活動も幅広い分野で低調な推移が確認されるなど、総じて経済活動が低迷している様子がうかがえる。
足下の景気がマイナス成長になるとともに、前期も下方修正されるなど基調としての景気も弱含んでいる様子がうかがえる。中銀は8月会合で先行きの断続利下げを示唆したが、その可能性が高まるなか、米FRBの利下げを織り込んだ米ドル安はNZドルの対米ドル相場の底入れを促したが、当面は一進一退の展開が続こう。一方、金融政策の方向性の違いが日本円に対して上値を抑える展開が続くと見込まれる。
ここ数年のニュージーランドでは、コロナ禍一巡による経済活動の正常化に加え、商品高や国際金融市場における米ドル高を反映したNZドル安による輸入インフレも重なり、インフレが大きく上振れする事態に直面してきた。さらに、金融市場においてはコロナ禍対応を目的とする異例の金融緩和を背景とするカネ余りが進んだことに加え、生活様式の変化も追い風に不動産市況は上振れするなどバブル化が懸念される事態に見舞われた。よって、中銀(NZ準備銀行)は物価と為替、不動産市況の安定を目的とする断続利上げに動き、累計で525bpもの大幅利上げを実施した。こうした中銀の引き締め強化に加え、商品高の動きも一巡したことも重なり、一昨年に一時30年ぶりの高水準に達したインフレは昨年以降に頭打ちの動きを強めてきた。ただし、直近4-6月のインフレ率は前年比+3.3%、コアインフレ率も同+3.4%と頭打ちが確認されているものの、依然として中銀が定めるインフレ目標(2~3%)の上限を上回っており、丸3年に亘ってインフレが目標を上回る推移が続いている。他方、物価高と金利高の共存状態が長期化するなかで家計消費や企業部門による設備投資医局に悪影響が出る懸念が高まった。さらに、金利高に加え、雇用を取り巻く環境変化を受けて不動産需要も頭打ちの動きを強めるとともに、足下の不動産価格はピークから2割程度下回る水準で推移するなど逆資産効果の影響も懸念される状況となっている。外需を巡っても最大の輸出相手である中国経済に不透明感が高まっていることに加え、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引してきた欧米など主要国景気の勢いにも陰りが出るなど、国内外で景気の不透明要因が山積する事態となっている。そして、上述のように足下のインフレが一段と頭打ちの動きを強めていることが確認されるなか、中銀は先月の定例会合においてコロナ禍後初めてとなる利下げを決定するとともに、先行きの金利見通しも継続的な利下げを示唆するハト派姿勢を示すなど、今年中旬にかけてタカ派姿勢を示してきた状況を一変させている(注1)。中銀が一転してハト派姿勢を強めている背景には、足下の景気に対する不透明感が高まっていることに加え、中銀にとってインフレを巡る『悩みの種』となってきた国際金融市場における米ドル高(NZドル安)の動きが米FRB(連邦準備制度理事会)による利下げが意識されるなかで一変して米ドル安(NZドル高)に転じていることも影響していると考えられる。
上述のように、中銀は先月の定例会合で4年ぶりとなる利下げに動くとともに、先行きについても断続的な利下げを示唆する動きをみせる背景には、足下の景気に対する不透明感が急速に高まっていることが挙げられる。一昨年末以降の同国景気を巡っては、台風襲来や熱波による高温とはじめとする異常気象も影響する形で一進一退の動きをみせる展開が続いてきたが、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.83%とマイナス成長となるなど景気に再び急ブレーキが掛かっているほか、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も▲0.5%と2四半期ぶりのマイナス成長に転じるなど頭打ちの動きを強めている。需要項目別では、年度末というタイミングも影響して政府消費が拡大する動きが確認されるとともに、公共投資の進捗の動きを反映して固定資本投資も押し上げられるなど、足下の景気は公的需要への依存度を強めている様子がうかがえる。他方、物価高と金利高の共存により実質購買力に下押し圧力が掛かるとともに、堅調に推移してきた雇用を取り巻く環境も頭打ちの動きを強めていることを受けて家計消費の伸びは鈍化しており、不動産投資の低迷や企業部門による設備投資の弱さは固定資本投資の重石となる動きが確認される。また、世界的に人の移動が活発化していることを追い風に外国人来訪者数は緩やかな底入れの動きが続いており、こうした動きを反映してサービス輸出は拡大する一方、主力の輸出財である食料品や鉱物資源関連を中心とする財輸出に下押し圧力が掛かり、全体としての輸出も下振れしている。なお、民間需要を中心とする内需の弱さを反映して輸入は輸出を上回るペースで減少しており、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで+1.88ptと2四半期ぶりのプラスに転じたと試算されるため、足下の景気の実態は数字以上に弱いと捉えることができる。部門別の生産動向を巡っても、製造業の生産は約2年半ぶりの拡大に転じるなど底打ちの兆しが出ているものの、建設業の生産は引き続き減少傾向が続いているほか、金融関連など一部の産業で拡大の動きがみられるも、内需の弱さを反映して小売・卸売をはじめとするサービス業の生産も幅広く弱含む展開が続いている。そして、主力産業である鉱業、農林漁業の生産も軒並み下振れしているほか、経済活動の動向に連動する傾向がある公益関連の生産も弱含んでおり、総じて経済活動が低迷している様子がうかがえる。
なお、足下の景気がマイナス成長に転じるなど頭打ちが確認されるとともに、GDP統計は過去に遡って改訂されており、前期については前期比年率+0.36%と改定前(同+0.71%)から下方修正されるなど基調としての景気が下振れしている様子がうかがえる。上述したように、中銀は先月の定例会合において4年ぶりの利下げに舵を切るとともに、先行きも断続利下げに動くとの見通しを示しており、その前提として今年の同国経済がテクニカル・リセッションに陥る可能性を挙げている。4-6月にマイナス成長に陥ったことが確認されるとともに、足下の企業マインドは製造業を中心に底打ちしているものの、依然として好不況の分かれ目となる水準を大きく下回る推移が続くなど景気浮揚のきっかけをみ出せない様子がうかがえる。このところの国際金融市場では、米FRBの利下げを織り込む形で米ドル安の動きが進んできたことを反映してNZドルの対米ドル相場は底入れの動きを強める展開が続いてきたものの、先行きについては米FRBも中銀もともに断続利下げに動く可能性が意識されるなかで一進一退の展開が続くと見込まれる。他方、日本円に対しては一段の正常化を模索する日本銀行との間で金融政策の方向感の違いが意識される可能性が高く、結果的に上値の重い展開が続くものと予想される。
以 上
西濵 徹
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