創造性豊かで美しいブラジルのフットボールに魅せられ、サンパウロへ渡って30年余り。多くの試合を観戦し、選手、監督にインタビューしてきた沢田啓明が、「王国」の今を伝える。

footballista誌から続くWEB月刊連載の第15回(通算193回)は、アルゼンチン戦の惨敗、そして輝かしい歴史を持つセレソンにとって記憶から消し去りたいあの悲劇は、なぜ起きたのか。

「セレソンに1分間の黙祷を捧げよう」

 3月25日、ブラジルのフットボールの悲劇の歴史に新たな1ページが加わった。8万5000人を飲み込んだブエノスアイレスのエスタディオ・モヌメンタルで行われた2026年W杯南米予選の第14節で、宿敵アルゼンチンに4-1の大敗を喫したのである。

 スコアもさることながら、試合内容が衝撃的だった。攻撃陣にリオネル・メッシ(インテル・マイアミ)とラウタロ・マルティネス(インテル)を欠くアルゼンチンに90分を通じて中盤を支配され、両サイドを蹂躙(じゅうりん)され、危険なシュートを打たれ続け、なおかつ自分たちは決定機を作ることができなかった。

 前線の選手たちの守備への意識が甘く、そのことが中盤、そして最終ラインの守備を困難にした。

アルゼンチン戦のハイライト動画。2023年11月の●0-1(第6節)に続き、宿敵相手にW杯予選で史上初の“ダブル”を許した

 前半だけで、4分に左サイドを、12分に右サイドを、37分に中央を、さらには後半71分に再び左サイドを破られて失点。これ以外にも、決定機を数回作られた。

 セレソンは26分、マテウス・クーニャ(ウォルバーハンプトン)が敵陣で相手CBからボールを奪ってシュートを決めた。しかし、これは極めて単発的であり、コレクティブな攻撃は機能しなかった。

 この試合前までの両国の対戦成績は、42勝26分42敗の五分(得点はブラジルが165、アルゼンチンが164)。3点差以上で勝ったことはブラジルが6回、アルゼンチンが8回あったが、これほど一方的な内容だったことは、過去の110年、110回に及ぶ対戦の中でも珍しかったのではないか。……

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Profile
沢田 啓明

1986年ワールドカップ・メキシコ大会を現地でフル観戦し、人生観が変わる。ブラジルのフットボールに魅せられて1986年末にサンパウロへ渡り、以来、ブラジルと南米のフットボールを見続けている。著書に『マラカナンの悲劇』(新潮社)、『情熱のブラジルサッカー』(平凡社新書)など。

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