建御名方神社 / 奥出雲遺産(ショート動画2023-05-15)

奥出雲遺産 建御名方神社のショート動画です。。ひっそりした社ですが境内に入っていくにつれて心臓がドキドキしてくる緊張感があって素晴らしかったです。招霊(おがたま)の木もかなりの樹齢で見事でした。神社参道から見る棚田も素晴らしい。建御名方神社周辺には奥出雲の原風景がしっかり残っています。
主祭神 : 建御名方神(タケミナカタノカミ)

出雲国神 大国主神(オオクニヌシ)の御子神である建御名方神(たけみなかたのかみ)をお祀りしている古社です。建御名方神は出雲の国譲りの際に高天原からの使者である建御雷神(たけみかづちのかみ)と力比べをして現在の諏訪大社(長野県諏訪市)に追われたとされてます。ですから今でも繁栄している諏訪大社の主祭神は建御名方神です。建御名方神社は島根県神社庁サイト等で由緒など不明とされてます。あくまで私の妄想解釈ですがこの奥出雲に建御名方神社があるのは古事記などから想像するにむしろ当然だと思ってます。建御名方神と諏訪大社の原点がここにあったのだと思います。古代出雲のロマンを感じます。ぜひお詣りしてみて下さい。パーキングなどありませんのでご注意下さい。

仁多郡奥出雲町鴨倉
https://goo.gl/maps/xuHZRVsABMAfYuDZ8

建御名方神社の本動画

奥出雲町遺産認定に詳しく解説されてます。
https://www.town.okuizumo.shimane.jp/www/contents/1585036748421/index.html
【奥出雲町遺産認定No.77】下鴨倉の建御名方神社 
下鴨倉の小高い山の上に、建御名方(たけみなかた)神社が建立されています。伝えによると、この神社の建立には、中世に仁多郡を拠点として活躍した三澤氏が大きく関係しているようです。三澤氏は信濃国の御家人、飯島氏が発祥とされ、承久の乱(1221)での戦功によって仁多郡に所領を得て来住し、三澤氏を名乗りました。たたら製鉄によって力をつけ、嘉元3年(1305)には、出雲国人の築いたものでは、県内最大規模といわれる三澤城を築いて、出雲国最大の国人領主へと成長していきますが、信濃国から来住する際に、故郷信濃国の一宮で建御名方神を祭神とする諏訪大社から勧請して、三澤城の鎮守としたことが始まりと伝えられています。天正17年(1589)、三澤氏は毛利氏によって移封されますが、諏訪神社はそのまま残り、王子権現や鹿島神社へ合祀されるなどの変遷を経て、昭和44年、地元の熱意によって鹿島神社より分離され、現在にいたるようです。雲陽誌を見ると、上鴨倉、下三成、横田など、各地に諏訪明神の記載があり、複数個所に祀られていたことが確認できます。三澤氏は、千利休の高弟、山上宗二から茶の湯の秘伝書を受領するなど、たたら製鉄によって生み出される富を背景に、中央の文化を積極的に吸収しており、地域に与えた文化的影響も大きかったものと考えられます。幾多の変遷を経て今日に伝えられる下鴨倉の建御名方神社は、良質な砂鉄を産出する奥出雲の地の利を活かして繁栄した三澤氏の歴史を伝える貴重な地域の遺産と言えます。
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